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1. みんなが後回しにするから、知っておくと差がつく
いまさらいうまでもなく、ビジネスをするためには、とても多様な分野の知識や経験が必要です。その中には「商標」も含まれているのですが、マーケティング、ファイナンス、セールス、テクノロジー、HR…など他の分野にくらべると、商標の話は圧倒的に「地味」です。おそらく、他の分野にくらべ、金銭的収益につながるイメージがわかず、「とりあえず後回し」「自分にはあんまり関係ない」と考えてしまいがちだからでしょう。
ですが、十分な注意を向けないものに「落とし穴」が潜んでいるのが世の常。(そもそも注意を向けるところに落とし穴は作らない!) そして、みんなが落ちる穴に注意を向けることが「差」になるのもまた然り。
私は、一応商標の専門家をやっているので、商標の「落とし穴」をなるべく多くの人に知っておいてほしいなと日頃から思っています。別に商標の仕事で食うわけでなければ、詳しくなる必要はありません。ただ、少し知っていれば「落とし穴」に落ちる確率をぐっと減らせるポイント、すなわち「商標の要点」とでもいえるようなものがあります。
そこで、もしわが子がこれから起業しようとしていたとしたら絶対に「これだけは知っとけ」と言っておきたいことを書いておくことにしました。
なお、これからお話しする内容は、商標のことに詳しくない方に向けたものですので、知っている方にはとても基本的なことばかりです。一方で、基本なだけに、ちょっと商標のことを知ろうとしたときにすっ飛ばしてしまいがち(案外、商標の類似の範囲とか、効果的な権利の取り方とか、技巧的な方に行ってしまう。)なことでもあるため、ビジネスをやる方には確認としてご一読いただければ嬉しく思います。
2. 「要点」を知らないと「ふりだし」に戻る
これからお話しする「商標の要点」を知らない、つまり「落とし穴」に落ちるとどうなるかといいますと、ビジネスが「ふりだし」に戻ります。この意味を説明するためには、そもそも「商標」とは何なのか、商標はビジネスにおいてどのような役割を担っているのか、を説明しなければなりません。
商標って結局なに?
一言でいうと、商標というのは「信用の受け皿」です。言うまでもなく、ビジネス(というか人間関係)は「信用」で成り立っています。あの会社と取引するかどうか。あのサービスにお金を払ってみるかどうか。あの人の話を聞いてみるかどうか。私たちはいつも、自分ではない「誰か」や「何か」と関係を持つときに、このような判断を迫られて生きています。そしてその判断には、全て、相手の「信用」の度合いに大きな影響を受けます。このことに異論がある人はほとんどいないでしょう。
では、相手の「信用」の度合いは、どうやって量っているでしょうか? 実績、有名度、雰囲気、口コミ…いろんな判断要素があるとは思いますが、いくら「自分は合理的に判断している」と思っていても、人間は、その会社やモノ、人と結びついている「記号」で信用度を判断しています。ここで言っている「記号」というのは、名前、顔、髪型、服装、声、口調、肩書き、称号、イメージカラー、プロダクトデザイン、ウェブサイトデザイン…など、挙げればキリがありませんが、要するに「コレを見たら〇〇(さん)だとわかる」とか「コレは〇〇(さん)っぽい」というときの『コレ』のことです。そして、この「記号」には、その相手に関する「過去の情報」から導き出された「信用」が蓄積されています。たとえば、「人の顔」というのは人間と結びついた典型的な「記号」です。イメージしやすい例として、あなたが孫正義さんから対面で経営のアドバイスを受けたとしましょう。その時、あなたは孫正義さんの「顔」を見ています。その「顔」が「孫正義」の顔だから、聴いた話を「孫正義さんが言うなら信用できる」ときっと感じると思います。なぜ孫正義さんだと信用できると感じるかというと、孫正義さんが会社経営で大きな実績を出しており、その実績が信用となっているからです。そしてその信用が孫正義さんの「顔」と結びついているので、その「顔」を見た瞬間に無意識レベルで「この人の経営の話は信用できる」と感じるのです。
相手(人や商品)を選ぶとき、本来であれば、その相手のことを調べ尽くし、他のあらゆる代替物と比較して、本当にその相手でいいのかを判断すべきです。でも実際には、みんな日々あらゆることに追われており、また、本当に客観的な情報を得ることは簡単ではないので、毎回の選択にそれほどの時間と労力をかけないのが人間です。そうして「無意識レベル」でその相手に結びついている「記号」に蓄積された「信用」を頼りに、(ある意味「まぁいっか」的な感じで)意思決定をしているのが実際のところだと思います。
さぁここで最初の話に戻ると、「商標」というのは、本質的には、ここまでお話ししてきた意味での「記号」のことです。そして「記号」には「信用」が蓄積されていくというのは上記の通りです。法律的な「商標」の定義では、「文字、図形、記号、立体的形状、色彩、音」などと限定はされていますが、これらはいずれも、事業活動とともに表示することによって「信用を蓄積」していくことができますから、つまり商標とは、信用を蓄積できる記号=『信用の受け皿』とも言い換えることができます。
商標で失敗するとなぜビジネスが「ふりだし」に戻るのか
「商標=信用の受け皿」なので、商標を顧客に見せながらビジネスを進めていくと、少しずつその商標に「信用」が貯まっていきます。商標(受け皿)に信用が十分に貯まっていないうちは、「商標のおかげで売れる」ということは通常はあまり期待できません。
(ネーミングが面白いから売れるとか、ロゴデザインがスタイリッシュだから売れるということはあり得ますが、その場合は、商標というよりも「コピー」や「デザイン」としての貢献なので、本来の意味での「商標」のおかげではありません)
一方、顧客を満足させ続けることで、その体験と商標とが結びついていき、商標に十分な信用が貯まった後は、次第に「商標のおかげで売れる」(良質な商品・サービスの貢献に、商標の貢献が上乗せされる)ということが起きてきます。先の「孫正義さんの例」と同じように、商品・サービスの質そのものを競合品と詳細に見比べなくても、「この記号(商標)がついていれば信用できるだろう」と顧客が思えるようになるからです。つまり、商標のおかげで、顧客に信用を感じてもらうことが徐々に楽になっていきます。
では、その商標が突然使えなくなってしまったらどうでしょうか。一定以上の期間、顧客を満足させつづけるという「多くのコストをかけた努力」の結果としてようやく得た信用。これが商標に蓄積されたことで、せっかく、取引の度に「これこれこういう理由で私は信用に値するんです」と頑張って相手に説明しなくても相手が信用してくれるようになったのに、また顧客との「信頼関係の構築」をイチからやらなければならなくなります。孫正義さんの「顔」が、全く知らない別人のものに変わってしまうようなものです。あなたが商標登録をしていない間に他の人が先にその商標を登録してしまったり、あるいは、そもそも実は他人の商標権を侵害するような商標を使っていたとなれば、いつ何時、「信用が貯まった受け皿」を剥奪されるかわからないのです。
また、商標の失敗には、このようにある意味典型的ともいえる「他人の登録商標と被った」という失敗のほかに、「信用が貯まりにくい商標を選んでしまった」という失敗もあります。詳しくは後述しますが、このパターンの失敗は、いわば「穴の開いた受け皿に信用を貯めようとする」みたいなもので、信用を貯める労力が別の意味で無駄になるといえます。この場合でも、後から「穴が開いていた」ことに気付いて「受け皿を変更」することになると、また新しい受け皿に信用を貯め直さないといけません。このように、商標の要点を知らずにビジネスをしてしまうと、あるとき「ふりだし」に戻らなければならなくなるおそれがあるのです。
3. 落とし穴を回避する5つの要点
①「横取り」が簡単なしくみ
商標は「横取り」が簡単です。なぜなら、商標登録の制度は、「先に登録の申し込み(登録出願)をした人が商標登録できる」という仕組みになっているからです。これを「先願主義」といいます。「先に出願した人が権利を取れる主義」という意味です。登録出願のタイミングが早いか遅いかで権利が取れるかどうかが決まるということは、「この商標は私が先に考案した」とか「私が先に使い始めたんだ」というのは基本的に関係ない、ということです。他人より早く出願しなければ商標権が取れないので、たとえばその商標が仮に自分の社名商標であっても、自分よりも他人が先に出願してしまえば、その他人は簡単にその商標を「横取り」できてしまいます。というより、商標制度の原則論からいえば、これは「横取り」ですらなく、むしろ「自分の商標だというのなら早く出願しなかったのが悪い」という話なのです。
このような商標制度において、商標を登録しないまま使っているという状態は、道端に置いてある器にせっせと信用を貯めているのと同じです。信用が貯まっている「お得な信用の受け皿」を誰もが持ち去れる状態ということです。こんな間抜けなことにならないよう、自分の信用を貯めていく「受け皿」を決めたら、その受け皿に商標登録という「ロック」をかけて、他人が持ち去れないようにしておかなくてはなりません。
②「似た商標がない」だけでは商標登録できない
独占にふさわしい「ユニークさ」が必要
「先に取られていると商標登録できない」というのは割とみなさんよく知っているのですが、商標検索して「似た商標がない」からOK!この商標でいこう!というのはまだ早いです。商標登録するためには、「似た商標がない」だけではなく、その商標に独占にふさわしい「ユニークさ」が必要だからです。
ここでいう「ユニークさ」とは何でしょうか。商標制度は、「商標に貯まった信用」を保護することが一つの大きな目的です。他人の登録商標と紛らわしいような商標を使ってはいけないとされているのは、それをすると「他の人が商標に貯めた信用」を毀損したり、それにタダ乗りすることになるおそれがあるからです。一方、商標制度には他にも「公正な取引秩序を守る」という目的があります。そのため、誰もが自由に使えるようにしておかないと困ってしまうようなものは、商標登録できないことになっています。「誰もが自由に使えるようにしておかないと困る」商標とはたとえば、
- 商品「りんご」に使う「Apple」の文字(普通名称)
- サービス「ビジネスコンサルティング」に使う「働き方コンサルティング」の文字(単なる商品・サービスの性質や内容の表示)
- 「藤本商店」の文字(ありふれた氏+特徴のない語)
- 単なる「一本の直線」(極めて簡単かつありふれている)
- 「HC」などの「ローマ字2文字以下」(極めて簡単かつありふれている)
などです(これが全てではありませんが代表例を挙げました)。上に挙げたようなものは、ありふれていたり、商品がどのようなものなのか説明するために必要な表現であったりするため、「みんなが使いたい」ものです。こういったものについて誰か1人に商標登録(独占)を認めてしまうと、途端にみんなが使えなくなってしまうため、市場は大混乱し(商取引の秩序が乱れ)てしまいます。また、みんなが使うような表現や、たとえまだ誰も使っていなくても単に商品やサービスの性質や内容を説明したに過ぎない表現は、これを消費者が見ても「特定のブランドを表す目印」だとは思わないのがふつうです。たとえば上に挙げた「働き方コンサルティング」。この文字をコンサルタントが使っていても、顧客は「働き方について助言をするコンサルティング」なんだと理解するだけで、そのコンサルタント固有のコンサルティングサービス名とは思わないでしょう。むしろ、「働き方について助言をするコンサルティング」をする人がみんな「働き方コンサルティング」の文字を掲げていても特に違和感はないと思います。このようなものは、サービス提供の際に掲げても「固有の記号」として顧客に認識されにくいため、商標の大切な機能である「信用を貯める」ということが起こりにくくなります。最初にお話しした通り、商標は「信用の受け皿」であって、その受け皿に信用が貯まってはじめて商標としての価値が出るので、信用が貯まらない「穴の開いた信用の受け皿」は、商標登録に値しないのです。
このような理由で、商標登録には、独占にふさわしい「ユニークさ」が必要、という仕組みになっています。どの程度で商標的な「ユニークさ」が認められるかは、専門家でも判断に頭を悩ませるようなグレーゾーンも多々あるのが実際のところですので、詳しい人の助言を得た方がいいですが、一般的な感覚で「商品やサービスの内容がわかりやすい商標」や「良く使われる文字列」、「業界で流行りつつある言葉」と思うようなものは、たとえまだ誰も商標登録していなくても「ユニークさ」の点で登録できない可能性があるので、商標を考えるときに「十分にユニークか」というアンテナは立てておいた方がいいです。
「クリエイター的ユニーク」の罠
この「ユニークさ」は、あくまでも「商標法の世界でのユニークさ」であることには注意しなければなりません。たとえば「クリエイターの感覚でのユニークさ」とは全く違う場合があるからです。
ブランディングに力を入れよう!となったとき、クリエイティブを得意とする専門家にネーミングやロゴ、キャッチコピーなどをつくってもらうことがよくあります。優れたクリエイターの制作物は、ブランドメッセージをうまく顧客に伝え、洗練されたデザインで、とても素晴らしいものです。当然、制作された商標は「そのブランドを表すユニークなもの」としてつくられているはずです。しかしながら、たとえクリエイターの感覚において十分に「ユニーク」であっても、それが「商標登録できるユニークさ」を満たしているかというと、そうでもないことがあります。
たとえば、「ナイフ」のブランドロゴマークとして「/(スラッシュのマーク)」をつくったとしましょう。このナイフは、職人が一切の無駄のない形を追求し、これまでにないような切れ味を持つものでした。そこでロゴマークのクリエイターは、「切り裂く」という意味の「slash」から着想を得て、無駄のない洗練された意匠と切れ味を表現した「/」のロゴマークを制作しました。このロゴマークは、非常にシンプルでありながらもこの製品の特長を表現しており、かつ、競合製品のロゴマークと被るものでもなく、市場でも存在感を放つものになるだろう、と見事に採用され、このロゴでブランディングを進める(このロゴに信用を貯めていく)ことになりました。
しかしながら、この「/」のロゴマークは、「極めて簡単でありふれている文字」でる(商標登録に値するユニークさがない)として、商標登録が認められませんでした。商標登録ができなかったので、後に似たようなロゴマークを付けた模倣品が出てきても、ロゴマークの使用をやめさせることはできませんでした──
これはあくまでも仮想事例ですが、商標を制作する人が「商標法の世界でのユニークさ」について知らないと、このようなことが起こるのです。優れた商標の制作には大きなコストがかかりますし、せっかくつくった商標が「真似を防げない」ものだとしたら、信用を貯める効果も半減します。たとえ自分で「商標法の世界でのユニークさ」を判断することができなかったとしても、商標案を検討している段階で「似た商標が無くても登録できないときもあるけど、これは大丈夫かな?」と気にすることができるだけでも、罠に陥る確率をグンと減らすことができます。
③ユニークは強く、流行り物は弱い
商標登録=独占というイメージが強いからか、「流行りそうな言葉を我先に独占する」ということを狙って商標登録を試みる人はたくさんいます。あるいは、そこまで露骨ではなくても、「わかりやすいネーミング」であることを重視して考案した結果として、他の人が使うネーミングと似たようなもの=市場において埋もれるものになってしまうこともありがちです。
何度もいうように、商標の本質は「信用の受け皿」なので、商標制度も「信用が貯まりやすい商標」に味方するようにできています。ただし、ここでいう「信用の貯まりやすさ」というのは「ネーミングやロゴそのものの秀逸さ」ではなく「商標のユニークさ」を意味します。実際のビジネスでは、何らかの要素で顧客を吸引して取引をし(信用を獲得するチャンスを得)なければならず、ときには「ネーミングやロゴそのものの秀逸さ」が顧客吸引につながることももちろんあります("うまい"ネーミングがウケるなど)。その意味では、商標がユニークであること=絶対的に信用が貯まりやすい、というわけでもありません。しかしながら、信用が「記号」と強く結びつき、その「記号」を見た瞬間に顧客が「自分への信用」を感じてくれるためには、市場に溢れるたくさんの「記号」とは全く別のものとして認識される「ユニークさ」が必要です。
たとえば、インターブランド社が発表した2019年のグローバルブランドランキングで第1位となった Apple 社の「Apple」という商標は、(たとえ「りんご」に使う商標としては普通名称であっても)デジタルデバイスやソフトウェアの分野においては異質とっても差し支えないくらいユニークな商標です。また、第2位の「Google」は、「10の100乗」を意味する「googol」のスペル間違いから生まれた(と言われているらしい)造語なので、超ユニークです。
このようなユニークな商標は、"うまい"ネーミングのように、最初からそのネーミングに顧客吸引力があるわけではありません。でも、他とは被らない際立った商標なので、「信用の受け皿」としてのポテンシャルは高いと言えます。このような優れた「信用の受け皿」を使いながら、時間をかけて、優れた商品・サービスを通じて顧客を満足させ続けることより、信用がたっぷり乗っかった受け皿、すなわち「顧客吸引力のあるユニークな記号」ができあがり、価値の高い商標になります。
そして実は、このような「ユニークな商標」は、商標権としても、「他と似通った商標」よりも強くなりやすいのです。商標権というのは、登録した商標と「同一」の商標だけでなく「類似」(紛らわしい)商標の範囲まで守ることができます。そして、この「紛らわしい」範囲は、商標によって異なる弾力的なものです。「他と似通った商標」はこの防衛範囲が狭くなりやすい一方、「ユニークな商標」は広くなりやすいといえます。
たとえば、マーケティング代行サービスに使う「Belzel」という商標があったとします。これは造語なので「ユニークな商標」といえますが、これと「e Belzel」という商標は紛らわしいでしょうか? 一方、同じくマーケティング代行サービスに使う「fast marketing」という商標があったとします。これはよく使われる既成語の組み合わせからなる商標ですが、これと「e fast marketing」という商標は紛らわしいでしょうか? いろいろな意見があるかもしれませんが、比較でいえば、前者の方がより紛らわしく感じると思う人の方が多いのではないでしょうか。これは、「Belzel」が造語でありユニークな文字列なので、これを共通にする他の商標があったら、偶然というよりも「何か関係があるだろう」と無意識に感じるからです。消費者が「紛らわしい」と感じるのであれば「類似」の商標ということになりますので、「Belzel」の商標権で「e Belzel」を他人に使われてしまうことを防げる可能性の方が、「fast marketing」の商標権で「e fast marketing」を防げる可能性よりも高いといえそうです。
このように、流行り言葉のような商標よりも、ユニークな商標にした方が、商標登録したときに強い権利になりやすいのです。
④サービス名「考え中」から動け
商標登録をした方がいいということはわかっていても、「商標が確定したら商標の手当てを始める」という人がまだまだ多いのが実情です。商標が確定したらすぐ動くのはまだ全然良い方で、「事業が軌道に乗ったら」というのもめずらしくありません。確かに、商標登録はなんだか小難しいし、お金もかかるし、何より忙しいから後回し。リソースの少ない個人や小規模の組織は特に、そうなってしまうのもよくわかります。
でも、社名・商品名・サービス名は、絶対に「考え中」のときから商標の手当てを始めた方がいい。確定してからではなく「考え中」のとき。決めきる前から動くのが極めて重要です。特に、「他人の商標権と抵触していないか」や「商標登録できるユニークさがあるか」などをチェックする「商標調査」は、商標の制作作業と同時進行で行う必要があります。このチェックを挟まないと、他人の権利との関係でそもそも使えなかったり、横取りを防げないような「信用の受け皿」を採用し、これに信用をせっせと貯めることになりかねないからです。ありがちなのは、商標調査のステップを挟んでいる場合であっても、これを「商標決定について関係者の根回しをした後」に行うパターンです。特に社名商標や重要なサービス名を決める場合、役員会議などでがっちり固めてから、最後の「念のための確認」的な位置付けで専門家の商標調査にかける。私もこのパターンで商標調査の依頼を受けたことは何度もありますが、商標調査の結果、スケジュールを大きく変更して意思決定をやり直していただかなければならなくなることもめずらしくありません。根回しをした後に商標調査にかけると特によくないのは、会社全体としてのリスク判断よりも「せっかく根回ししたのにひっくり返してもう一度やり直したくない」という「めんどくさいバイアス」がかかり、冷静な判断がしにくくなることです。この段階での商標リスクというのは基本的に目先のリスクではなく将来のリスクなので、「関係者を説得してやり直す」という目先の(でも相対的には小さな)リスクの解消を優先してしまうのです。でもこれに負けた「見切り発車」が将来の「ふりだしに戻る」を生み、それが起こるタイミングが後になればなるほど、会社に大きなコストをかけることになります。
ある程度市場に受け入れられた後に商標を変えなければならないとなると、いうまでもなく、なかなか面倒なことになります。特に社名や看板サービス名となればなおさらです。他人の商標権を踏んでいたことが問題となった場とき、たいていは権利者から「警告書」が飛んできて、「2週間後に商標の使用を中止しろ」などと求められるわけですが、反論の余地がない場合、速やかに新しい商標を検討して変更しなければならない事態になります。このとき、実際には商標権侵害が原因で名称変更をするのですが、「わが社は商標権侵害のおそれがあったためサービス名を変更いたしました」という説明ではイメージが良くありませんから、なんとか「それらしい」理由をこしらえる必要があります。そうすると、たとえば突如「リブランディング」という形で説明付けをしたりしなければならなくなるのです。立場上あまり詳しくは言えませんが、実際、商標権侵害の問題で社名やサービス名を変更しなければならなくなったケースに、私自身も何度も関わったことがあります。訴訟にまで発展するケースは限られているためあまり表には出ませんが、一見リブランディングのような形に見せた名称変更であっても、やや唐突感のある場合、実は裏で商標の問題があるのかもしれません。
一方で、商標を「考え中」のときから商標の手当てを同時並行的に行うことは、それはそれで負担がかかるのもよくわかります。外部の専門家に商標調査を依頼した場合、通常であれば1週間程度の時間と数万円以上の費用が必要になります。しかしながら、最近は、商標調査や登録のサービスも非常に身近になってきていて、個人やリソースの少ない会社でも、十分に初期段階から商標の手当てができる環境があります。手前味噌にはなってしまいますが、クラウド上で専門家の商標サービスを速く・カンタンに・安心して受けることができる「Toreru」は、専門家のヒアリングから平均2営業日前後で商標調査~登録出願完了まで済ますことができ、費用も一般的な価格の1/5程度です。このように、今は本業に集中しながらでも、しっかりと意識さえしていれば、商標の手当てを同時並行的に行いやすくなっていますから、これまで以上に、知っている人と知らない人の差、やる人とやらない人の差がつくようになると思います。
⑤商標を変えていなくても追加登録せよ
最後にもう一つ、絶対に覚えておいてほしいことがあります。それは、一度商標登録をした後の話です。多数の商品名やブランドを持っている会社であれば、継続的に新たな商標登録出願をする習慣がありますが、そうでない会社、特にメインのサービス一本でやっているような会社は、一度そのサービス名を商標登録したら、「もうこれでOK」と以後商標の手当てをしなくなってしまうことがよくあります。確かに守るべき商標が一つしかないなら、その商標を一つ登録すればそれで終わりだと思うかもしれません。でも、ずっと同じ一つの商標を使っていたとしても、商標登録も一回で済むとは限りません。同じブランド名でサービス内容を拡大・変更する場合には、そのサービスの内容について改めて同じ商標を追加で登録する必要があります。商標登録は、商標だけを登録するのではなく、必ずその商標を使用する商品やサービスの内容を指定してそれとセットで登録しなければならないからです。追加登録が不要なようにはじめから広い範囲で商標登録しておけばいいと思うかもしれませんが、広い範囲で商標登録しようとするとそのぶん費用も高くなるため、むやみに広げておけばいいというものでもありません。そのため、事業を変化させようとする際は都度、今持っている商標登録の範囲でカバーできているのかをチェックし、足りなければ、追加登録して不足を埋めていく必要があります。また、そもそも追加登録しなければならない範囲で「今から商標登録できるのか」も十分確認しなければなりません。追加登録しようとする事業分野では、すでに他人が商標権を取っている可能性もあるからです。もしすでに取られている場合、その他人の権利をどうにかしない限りは、同じブランド名でその分野に進出できないことになるので、統一ブランドではなくブランドを分ける戦略を採らないといけなくなることもあります。このように、たとえ一度商標登録が完了した後であっても、ビジネスの進行や変化の「差分」について商標の手当てをしていかないと、ブランド戦略全体が狂い、第二の「ふりだし」が起こるおそれがあります。一度商標登録すると油断しやすいだけに、この点のリスクをあらかじめ知っておくことは重要です。
さいごに
ここまで、ビジネスをするなら必ず知っておいてほしい商標の要点をお話ししてきました。専門家であれば知っておかなければならないことは他にもたくさんありますが、そうでなければこの要点を知り、注意を向けられるようにしておけば、後は要所で優れた専門家を活用することで大きな落とし穴は回避できます。商標はあくまでも「信用の受け皿」であって、優れた価値提供により信用を貯めていける環境をつくり、信用を資産化してビジネスを後から有利にしていくための「事前準備」です。私自身も、これまで以上に、みなさんが本業に集中して独自の価値を生み出しながらも、信用の受け皿を自然に整えていけるような状況をつくる手助けができればいいなと思います。