それでは、前回確認したブランディングのプロセスの中で、「知財」がどのように関わってくるかをみていきたいと思います。
BI 形成ステージ における知財
このステージは、何を「強み」とするか、誰に届けるか、どんな「価値」を届けるかを見出すプロセスでした。自社と環境(顧客・競合を含む)を分析し、独自性となるブランド・アイデンティティ(BI)を設定するものです。
このステージで関係する知財は、主に「アイデア」だと私は考えています。自社の「強み」を見つける際、その強みの源泉の一つに独自の「アイデア」が含まれる場合があります。たとえば、自社は競合に比べ3倍の生産性で商品を製造できる生産効率の高い製造装置を持っており、その製造装置が独自に見出した画期的なアイデアによる設計に起因するものである、というような場合です。このような場合、もしそれが「技術的アイデア」であれば、「特許権」の対象となり得ます。
強みの源泉が「特許権の対象となる」とはどういうことか。
まず一つは、「権利化すれば一定期間強みの源泉を独占できる」ということです。言うまでもなく、技術的アイデアが「強みの源泉」である場合、それを一定期間とはいえ法的に独占できれば、市場優位性を保ちやすくなります。
一方これは、「誰かが権利化してしまい、そのアイデアを実施できなくなるおそれもある」ということです。自分は独自のアイデアだと思っていても、同じようなことを思い付いている人は他にも案外いるもの。強みの源泉だと思っていたアイデアをプロダクトに利用しようとその準備にリソースをかけ、いざ表に出たときに、実は他の人が特許権を持っていた、なんてことになれば笑えません。BI 形成ステージでは、まずは自らの「強み」を把握してから、それを求めている市場セグメント・顧客を割り出し、彼らにとって独自性のあるポジショニングを見つけ、それを BI として言語化します。このプロセスには非常に時間と労力がかかりますが、最初のステップで前提として置いた「強み」が他者の権利により使えないことが『後から』わかったなんてことになれば、後のステップが崩れ去り、また最初のステップに立ち戻らなければならないことになります。このコストは、特許調査や出願のコストよりも圧倒的に大きくなるのが普通でしょう。このようなことにならないためにも、自社の生き残りのキーとなり得るアイデアについては、特許による保護を早めに検討すべきです。
ちなみに、特許は「すでに公知になっているアイデア」については取れませんので、コストの問題などで特許を取る余裕がないという場合に「あえて先にアイデアを公開して誰も特許を取れなくする」というやり方もありますが、それも特許の仕組みを知らなければ意図的にコントロールすることはできません。
また、先に他人が権利を取ってしまった場合でも、特許調査を行いブランディングの早い段階でその事実に気付ければ、「別の強みを軸に市場で独自のポジジョンを取れないか見直す」という修正を早めにかけることができます。
このように、自社の強みの源泉に独自の「アイデア」がある場合、自ら特許を取る取らないにかかわらず、特許のことを知り、意識してコントロールする必要が出てきます。
もちろん、強みの源泉にはアイデア以外のものもたくさんありますし、アイデアもすべてが特許の対象になるわけではありませんから、BI 形成ステージで「特許」が関係するのは全体からみればごく一部かもしれません。しかしながら、プラスの場合もマイナスの場合も、法的な強制力を伴う話ですから、少なくともこのステージの段階で「特許」を意識し、可能な限りの「ケア」をしておくことが、将来のしっぺ返しを避けるために大切です。特に、ブランド形成においてテクノロジーによるイノベーションの寄与が大きくなる昨今では、よりこの重要性が高まっていると思います。
目標設定ステージ における知財
このステージは、BI を「どのように」体現し顧客に届けるかを「設計」し、目標設定するプロセスでした。ブランドは、「顧客の頭の中につくられるもの」ですから、顧客に伝えたいブランドイメージを自社で明確に定義するだけでは足りません。顧客の脳にそのイメージをつくり上げるために、一貫性のある継続的な「刺激」を意図的に設計する必要があります。
この「刺激」には、あらゆる「顧客接点」が含まれます。この顧客接点には、顧客に対して「記号」的な役割を果たすものと、「体験」の役割を果たすものがあります。前者は「ブランド要素」と、後者は「ブランド体験」ということもあります。前者の典型例としては、商品名、ロゴ、パッケージ、キャラクター、色、音などがあります。一方後者は、たとえば、「スタバに入店すると店員さんが"いらっしゃいませ"ではなく"こんにちは"と言ってくれる」などといった、実際に商品やサービスに触れる際の顧客体験です。
お気づきのように、この「ブランド要素」に「商標」や「意匠」が含まれます。商品やサービスとの関係で使用する文字、図形、記号、立体形状、色、音などは、れっきとした「商標」です。また、物やパッケージ、ウェブサイトなどのデザイン(形状や模様)それ自体は、「意匠」になり得ます。
さらに、もう一つの「ブランド体験」には、たとえば製品の特定の機能により顧客が特別な体験を得ることができる場合、「特許」が関わってくるといえます。
つまり、ブランディングのプロセスとしてみると、「商標」や「意匠」、「特許(発明)」といった知財は、顧客にブランドイメージを伝えるための「刺激」として機能するものです。そして、顧客(人間)の脳内のイメージは「断片的な記憶の集合体」であり、一度の「刺激」で作られるようなものではありませんから、ブランディングにおいては、あらゆる種類の「刺激」をさまざまな場面で繰り返し利用することになります。
この「刺激」の一部が知財だとすると、「誰かに法的に独占され得る」といえます。
つまり、知財の法的ケアをしておくか否かで、ブランドイメージをコントロールする重要な手段である「刺激」を自由に使えるか否か、他人の使用による希釈化やイメージダウン・ブレなどを防げるか否か、が決まってしまいかねないということです。
これはブランディングにおいて、一般に認識されている以上に大きな問題だと思います。ブランドコンサルタントやクリエイターなど、「ブランドづくり」に携わる方は、どちらかと言うと「BI 形成ステージ」(ブランドの軸決め)への関与、あるいは、「刺激の設計」(ブランド要素やブランド体験の設計)まわりへの関与が多いのではないかと思いますが、ブランディングの「実行」はその先にある「刺激をコントロールしながら使う」というところに委ねられています。「刺激の設計」までのプロセスにたくさんの労力と時間、お金を投資してきたにもかかわらず、いざ実行に移そうとしたらその「刺激」が他人の権利に触れていることがわかった。あるいは、その「刺激」が法的に保護できない性質のものであるため模倣されやすいことがわかった。このようなことになれば、ブランディング全体の計画が狂い、それまでの投下コストを無駄にするばかりか、プロセスを巻き戻してまたやり直す新たなコストと計画の遅延が発生しかねません。
ですから、「刺激の設計」までのプロセスに関わる人は、自分たちが生み出し、設計し、計画している「刺激」の一部に知財が含まれており、そこに「法的な使用制限」の問題が常につきまとっていることをまず強く認識することが必要です。そして、知財面の法的チェックや権利化を「並行して」進めるべきです。これが、結果的にブランディングのコストを下げ、効果を高めることにつながるからです。
また逆に、知財のケアに携わる人は、調査や権利化を依頼された「知財」が、ブランディング全体のプロセスにおいてこれまで説明してきたような役割を担っており、その「知財」に対する仕事がこのプロセスの進行と成否に極めて大きな影響を与えることを自覚しなければなりません。
効果測定+修正ステージ における知財
最後に、「効果測定+修正ステージ」における知財の関わりをみていきましょう。このステージでは、ブランディングの目標達成度を測定し、必要に応じて前のステージのプロセスに戻って修正をかけていきます。
ここでの「知財」の関わりは、やはり「刺激」の管理と修正に伴う知財面のケアになります。
わかりやすい刺激の一つである「ロゴ(商標)」で考えてみましょう。
あるプロダクトに使用していたロゴが、顧客にどのようなイメージを想起させていたか調査をしたところ、「刺激の設計」で意図していた顧客に知覚してほしいイメージとやや乖離してきていることがわかった。そこで、ロゴデザインを修正することにした。このような場合、新ロゴデザインを最終決定する前に、まずその修正により商標登録をし直す必要があるかどうかを確認し、その必要があれば速やかに、登録可能性と、使用して他人の権利に抵触しないかをチェックする必要があります。そして問題なければ、新デザインの採択を決定し、登録の手続きを行います。
別の例を考えてみます。これまである製品群の各製品に異なるブランドロゴ(ロゴA~C)を使用していたところ、その製品群全体でブランドイメージを統一した方が良さそうだということがわかったので、そのうち一つのロゴ(ロゴA)を製品群全体に適用することにしようと考えた。このような場合、「ロゴA」の商標登録の内容を見直し、その商標権の範囲に、このロゴを新しく適用することになる製品が含まれているのかどうかを確認します。もし含まれていなければ、その新しく適用する製品について「ロゴA」の商標権を拡張するため、追加で商標登録の手続きをする必要があります。ただし、権利範囲をしようとする製品分野で他人が先に同一・類似の商標登録をしている場合もあります。この場合は、「ロゴA」を適用する製品を広げようと思っても、それをすると他人の商標権を侵害してしまうため、そもそも「ロゴA を製品群全体に適用する」というブランド戦略自体を見直さなければいけなくなります。ですから、この戦略を決定する前に、商標調査が必須になります。
これらはとても単純な例ですが、ブランド要素(やブランド体験)に修正を加えようとする場合、それと連動して、そのブランド要素を構成する「知財」についてもケアが必要であり、それを怠ると、ブランドの修正サイクルもうまく回らなくなってしまうということがイメージいただけたのではないかと思います。
以上、ざっとではありますが、ブランディングのプロセスと知財との関係を見てきました。
繰り返しですが、ブランドと知財は密接に関係しており、それぞれの領域を専門とする人が、互いに相手の領域を知り、両者が連動してプロセスを進めていくことが、ブランディングにおいて非常に重要だと思っています。
私は知財側に軸足を置いている人間なので、もっとブランドのことを学び、実践し、知財側から「ブランドと知財の両輪駆動」を実現していきたいと思います。
次回は、ブランディングに携わる人が知財に関して最低限知っておいた方がいいことを好き勝手まとめたような記事を書こうかなと思います。