どうしてみんな「わかりやすい商標」が好きなんだろうか。
理由はわかっている。
伝わりやすそうだから。
覚えてもらいやすそうだから。
今流行ってるから。
「うまいネーミングだね」と言ってもらえそうだから。
新しい「ジャンル」の代名詞になれそうだから。
大体そんなところだろう。
要は「早く楽に売れそうだから」ということだ。
別にこれは悪いことではない。
ビジネスである以上「早く売れる」「楽に売れる」に越したことはないし、特に資金に余裕がないときは「売れるまでに時間がかかってもいい」などと悠長なことを言っていられないのもわかる。
でも、「売れ続ける」ということを考えたとき、果たして「わかりやすい商標」が本当にいいのだろうか?
「早く楽に売れ」れば、その後も「売れ続ける」のだろうか?
私はそうは思わない。
「ユニークな商標」こそが「売れ続ける」最強の武器だ。
なぜか?
順を追って説明しよう。
まず、ここでいう「わかりやすい商標」とはどういうものかだ。
「わかりやすい商標」とは、
• プロダクトの内容・性質・効果などをなるべくストレートに表現したもの
• 流行り出したもの
• 新しいジャンル名や概念として普及しそうなもの
など、要するに「みんなが使いたがる商標」のことだ。
このように、みんなが使いたがる「わかりやすい商標」は、「売れ続ける」ことは難しいと私は思っている。
市場で「売れ続ける」には何が必要だろうか?
競合に対して優位に差別化し続けることができればいい。
だが、「わかりやすい商標」は、「差別化し続ける」という点において不利だ。
先程、「わかりやすい商標」とは「みんなが使いたがる商標」のことだと言った。
「みんなが使いたがる」ということは、市場における存在感が薄まりやすいということだ。
商標というのは、ブランドを「識別するための記号」だ。
だから商標は、その商標を見た瞬間に特定のブランドが想起されなければならない。
にもかかわらず、「みんなが使いたがる」ものをブランドの記号として使うということは、わざわざ「記号の差別化のレッドオーシャン」に飛び込んでいくようなものだ。
たしかに、「まだみんなが使っていない」という場合、初期の頃なら、そのわかりやすさのメリットを享受して消費者の注意・関心を惹きつけ、「早く売れる」「楽に売れる」ことに役立つかもしれない。
だがそれがいつまでも続くだろうか?
その「わかりやすい商標」が本当に「早く楽に売れる」ということに役立っているのであれば、その「わかりやすい商標」のまわりには競合がどんどん集まってくる。
みんながその「わかりやすい商標」を使い始める。
そうなれば、消費者がその「わかりやすい商標」を見た瞬間に自分のブランドを想起してくれる可能性はどんどん下がっていく。
じゃあその「わかりやすい商標」を予め商標登録して押さえてしまえばいいじゃないか。
そうすればみんなは使えなくなるんだから、問題ないじゃないか。
そう思うかもしれない。
だが、残念ながらそうはなかなかならない。
なぜか。
第一に、「わかりやすい商標」は商標登録の条件(識別記号としての特徴があること)をクリアしにくい性質があるので、そもそも商標登録しにくい。
第二に、細かな表現の独自性を主張してなんとか商標登録できたとしても、その商標権の効力範囲は非常に狭くなることが多い。
なぜなら、細かな表現の独自性を理由に登録(独占)が認められたのであれば、その「細かな表現」の部分を変えた商標については、独占権が及ばないのが道理だからだ。
そうなると、結局「パッと見た瞬間の印象はさほど変わらない似たような商標」を他人が使えるということになる。
第三に、特に「新しいジャンル名」になるような商標の場合、それがジャンル名として一般に認知される前であれば、商標登録自体は可能な場合が多いものの、その後みんながジャンル名として使い始め、その認識が急速に浸透すると、実際には商標権の効果がかなり制限される可能性が高い。
いわゆる「登録商標の普通名称化」といわれる現象で、商標登録できたにも関わらず、次第にそれが特定の事業者と結びつかずに普通名称のような認知が一般に形成されてしまうと、商標権の効力が制限されてしまうという法制度になっているためだ。
同一の商標に差止等の権利行使ができなくなる可能性はもちろん、「登録したジャンル名 + 〇〇」のような商標を他人が登録できてしまう可能性も高まる。
現に、たとえば「LegalTech」は登録商標だが、リーガルテックという概念が浸透した頃に出願されたと思われる「LegalTech協会」は、これとは非類似の商標だとして別の権利者に商標登録が認められている。
このように、「わかりやすい商標」は、それが記号としてキャッチーであればあるほど、みんながそのまわりに群がりやすい構造を持っているので、その記号自体は普及したとしても、自らのブランドと結びついた記号としては存在感が薄まっていく。
だから、「売れる」ことには役立つことがあるかもしれないが、「売れ続ける」武器になるかというと、私には疑問だ。
もちろん、このような「わかりやすい商標」であっても、たとえば一般化するまでの短期間に一気に広く露出していくなどにより、自己のブランドとの結びつきを強くキープすることも不可能ではない。
だが、そこにパワーをかけるくらいなら、「記号の差別化」がしやすい「ユニークな商標」を採択し、そこに自己のブランドの信用を貯めていくことにパワーをかけた方がよほどいいと思うのだ。
ここでいう「ユニークな商標」とは、おもしろい商標ではなく、「唯一性のある商標」のことだ。造語からなる商標はその典型だ。
「ユニークな商標」は、それ自体が元来持っている意味はほとんどないことが多いので、大抵はわかりにくい。
その商標を使うからといって、いきなり顧客吸引力を発揮するようなものではない。
だがその代わり、それを使いたがる人はほとんどいない。「早く楽に売れる」記号ではないので当然だ。
まわりが使わないということは、自らのブランドとの結びつきを強固にしやすい、つまり「信用」が貯めやすいということだ。
また、商標登録がしやすいということでもある。
そして「信用」が貯まりさえすれば、その「ユニークな商標」は顧客吸引力を手に入れる。つまり「売れる記号」になる。そうなるとようやくまわりがそれにあやかろうと寄ってくるが、商標登録してあればそれはできない。もともと独自性の高い記号であるから、「わかりやすい商標」に比べれば権利範囲も広くなりやすい。
顧客吸引力があるのに自分だけしか使えない記号。それはつまり「売れ続ける」記号だ。
あなたはブランド力の高い企業と聞いて、どのような企業をイメージするだろうか。
たとえばグローバルブランドのランキング(https://www.interbrandjapan.com/ja/data/191017_BGB2019_press.pdf)などを見てほしい。
強いブランドはほとんど「ユニークな商標」を掲げているだろう。
今ここにランクインしているようなブランド名が「キャッチー」に思えるのは、その記号がもともとキャッチーだからではない。
最初は「ユニークだけどわかりにくい商標」だった記号を辛抱強く前面に出しながら、イノベーションや独自のポジショニング、磨き上げたオペレーション、一貫性のある顧客体験、そういったあらゆる経営努力によりその記号に「信用」を貯めることにパワーを注いだからこそ、次第に「ユニークでわかりやすい商標」に変化し、最強の武器を手に入れたのだ。
私が言いたいのは、「わかりやすい記号」を使うなということではない。わかりやすさで顧客の注意を惹くのは大いに結構だ。
むしろ、目先の資金が必要なフェーズでは、「わかりやすい記号」をコミュニケーションにうまく取り入れてそのメリットを活かすことは積極的に考えるべきだ。
しかし、「信用を貯める記号=ブランド記号」としては、別に「ユニークな商標」を用意するべきだ。
あくまで「ユニークな商標」を商標戦略の中心に置き、そこに「信用」を効率よく貯めていくためのコミュニケーションツールとして「わかりやすい記号」を使えばいいのだ。
流行りそうな記号を独占しようとすることに躍起になるのではなく、「ユニークな商標」に信用を貯めていくことにパワーを注ぐ。
そうやって最強の武器に磨き上げていこう。